じゅうよんなはなし〈14と酒〉
2026年、あをば荘は14年目を迎えました。14といえば千々和佑樹さん。2024年に開催した展覧会「生き延びるためのラプソディ」出品作家でもある彼は、「14」をキーワードに製作をしているユニークなアーティストです。
本連載「じゅうよんなはなし」は、こちらが提案したお題に対して、千々和さんに14と結びつけて語っていただく特別企画。毎月14日と28日に更新です。14から見えてくる世界をお楽しみください。第二回は「酒」です。

14と酒
……今回のテーマは「14と酒」。といっても、正直なところ完全なる見切り発車です。何かこうして録音でも回してみれば、天から何かが降ってくるんじゃないかという、淡い希望的観測だけで喋り始めています。
まず「お酒」と聞いて真っ先に浮かぶのは、やはり日本酒の「十四代」という銘柄でしょうか。名前は知っていますが、特に知識があるわけではないです。……ふと、「14」という数字/記号のエッセイを書くにあたって、調べた知識をそのまま横流しするようなことは避けたい、という思いがあります。調べたことで脳が刺激されて、そこから何かが派生すればいいけれど、それは最小限にとどめて、基本的には今の自分の身のまま気のままで思考を巡らせてみたい。どうかそのわがままにお付き合いいただけましたら幸いです。
……チョーヤの梅酒でアルコール度数が14%のものがあったはず。……だからといって話が広がるわけでもないんですが。そもそも、私はそんなにお酒を飲まないのです。でも、幼い頃から美術に馴染みがなかった私にとって、「お酒」というものはどこか「美術家」というイメージに付随しているものでもありました。絵描きといえば、酒に飲まれ、正気を失い、泥酔しながら筆を走らせる……。なぜそんなある種のステレオタイプが自分の中に根付いているのかは分かりませんが、どこかそんな「あこがれ」のようなものを感じていたのは確かです。
……酒。……酺(うたげ)という14画の漢字が。……しかし、それも話は広がらない。……酒……さけ。……「さ」は11番目のひらがなで、「け」は9番目。……全然14と関係ないですね。……いや、14とは無関係なようで、しかし四捨五入する前提で考えるなら、14から5まではすべて「10」になるとも言えます。
……こういった思考につながるような、製作においての体験を少し話したいと思います。一つは、空間の話。かつて14畳という空間で展示をする機会がありました。それまでは「14がない場所」に、私が「14」を置いていた。でも、その時はすでに物理的に「14畳」という空間が存在している。14がある場所に、さらに14を置く。この違いは、私にとって非常に大きな経験でした。それより以前の時も、私が見つけられなかっただけで、そこには最初から「あった」のかもしれない。
そしてもう一つは、キャンバスのサイズについての話です。私は「14号」というサイズのみを扱っています。しかしこの「14号」は既製品の規格には存在しないサイズであるのです。画材屋に行けば12号や15号の規格ならあります。なので私は、その間を計算して「もし14号という規格が存在するなら、この数値だろう」というサイズを勝手に推測して、自分で作ってきました。
この「14号」をある時、製作の都合でキャンバスから木枠を外さなきゃいけない瞬間があった。最初は単なるイレギュラーなトラブルの対応だったんですが、木枠を剥がした後のキャンバスを見た時、何処かしっくりきたんです。木枠に張られていた時の「型」を保ちながらも、物理的な制約から解き放たれて、少しだけ歪んでいる。その姿が、「物体としてのキャンバス」と「平面としてのキャンバス」という、二つの要素を同時に満たしているように、そしてそれがとても自然な状態に私の目には映りました。
木枠がないということは、サイズを規定する骨組みがないということです。それは、もうそのキャンバスは「14号」ではないのかもしれない。けれど、そこには木枠の跡という「折り目/14号だった痕跡」が残っている。そして立体的に見えながら、本質的には折り畳まれた平面であるという、両義的な状態でした。
そういった展示や製作での体験から、私の中での14の「質」が、ただの制約的なものから少し押し広がっていっている気がします。
これを「お酒」という話に無理やり戻すなら、酒とはある意味で「制限」や「デバフ」のようなものかもしれません。飲むと運転ができなくなるし、判断力も落ちる。でも、その判断力が落ちて「アホになる」からこそ、情動的になれる側面もある。それはポジティブな自縄自縛とでも言えるのかもしれない。これはある種、私が「14」という数字/記号に執着して自分を縛っていることと、どこか似ている気もします。
東洋思想では満月の日にあたる「15」を完全、「14」を不完全とする考え方がありますが、不完全だからこそ、その前後にある「13」や「16」との距離感が際立つ。私にとっての「14」は、13の次でも15の前でもなく、ゼロの次にいきなり現れる「1」のような存在でもあり、その次は28へと飛躍していくような、そんな14の、あるサイクルを持った数字/記号でもあります。
今の私は、固定された「14」という数値よりも、製作を通じて「流れている14」をもっと知りたいと思っています。…私はもう、「14」に自分を縛り付けている。だからこそ、お酒の力を借りて自分を縛る必要は別にないのかもしれません。……なんて、最後はちょっと格好をつけすぎたでしょうか。
そんなことを、車を走らせながら考えていました。
千々和佑樹(ちぢわ・ゆうき)
1991 年大阪府豊中市生まれ。2012 年東京造形大学インダストリアルデザイン専攻入学後、2014 年絵画専攻へ転科、2017 年卒業。14 という数字/記号をきっかけとして絵画を作り、物体と組み合わせることで絵画を空間的に展開している。また近年は定まっている14 だけでなく流れている14 にも着目し、これから/いま/かつてを含むすべての時間の流れの14 才へ向けての製作を思案し続けている。
主な展覧会に「群馬青年ビエンナーレ 2021」(群馬県立近代美術館、2021 年)、「黄金町バザール 2021」(site-A、2021 年)、「意図とイデアとときどき健康に」(しあわせ美じゅつ店、2025 年)など。あをば荘では、2024 年にグループ展「生き延びるためのラプソディ」(前期展)に出品。
執筆: 千々和佑樹
編集と写真: 佐藤史治(あをば荘)
編集アシスタント: Gemini
